シエラレオネで大火事になったけど感動した話

2016年12月、2度目のシエラレオネの渡航。副代表の髙橋くんと喧嘩していた私は一人で近所にきゅうりを買いに行っていた。

ちなみに現地活動エピソードでは髙橋くんが床屋にいって血だらけになった話しが面白い。笑

シエラレオネで大火事になったけど感動した話

 

大学卒業と同時にアラジを立ち上げ、2年後の2016年5月に初めて渡航した時からお世話になっていた、シエラレオネにもう5年も住んでいて、ハーフの女の子の娘さんが二人もいる、「あずささん」という方に、2度目の渡航でもお世話になりまくっていて、その日はあずささんの家の前で、あずささんの娘の激かわいい「りさちゃん(将来絶対モテル)」とお外でお話しして、きゅーりを買って帰ろうとしていた。


 

↑これは私のゲストハウスの前の家々だけれどトタン屋根の家といったらこんな感じ。

いつものように、栄養のなにもなさそうな現地版きゅーりに、マギーとペッパーで味付けしてもらって、さて帰ろうとしていると、いつもきゅーりを私に売ってくれるおばちゃんが、きゅーりを投げ出して急に家のほうに駆けだしていってしまったのである。

「えーっ!?( ゚Д゚)」

私唖然。

ちょっとおつり―!!!!

もうちょっと説明すると、あずささんやきゅーりのおばちゃんたち(果物や野菜を近所で売って生活している女性たち)の家は、ちょっとした小さな山の斜面にトタン屋根の家々が密集して並んでいて、そこらへん近所の人たちがみんなそこに住んでいるわけで、みんな血相を変えて家に向かって走っていった。

密集地帯にみんな急いで走っていくし、なんか煙出てるし、子どもたちも泣きだすし、私はもうテロかとおもって、ISがもうこまで!?と思って、一瞬で周りはパニックに。集団パニックって、聞いたことあるけど、本当にあんな感じ。周りの空気ごとパニックに陥るので、怖くてその場から動けない感じ。

近所にママヨという女の子がいて、ゆめと一緒にいるようにとお母さんに言われたらしい。

 

 

 

「なんか爆発したみたい」

 

 

とママヨが拙い英語でいうので私はもう完全にパニックに!!

密集地帯の入り口には人がわんさか集まっていて、山のふもとのほうは完全に火が回っていて、テレビやソファーを運ぶ人でごったがえしていた。入口から全然あずささん家族が出てこないので、「あずさが!!!まだあずさがいる!あずさが!!あずさが!!!!!」と知り合いをみつけては、日本語で泣きわめく私をみて、何人もの近所の兄ちゃんが、煙の中に入って探しにいってくれたまま、全然出てこないしで、結構パニックに。そのときはもう私はママヨのことは忘れてどんどん燃えていく密集地帯を唖然としてみていました。

 

燃えてる…

結構燃えてるよぉ…

急いで走って私が寝泊まりしているゲストハウスまで行くと、あずささんファミリーは全員無事とのことでした。山の上から避難したそうで、まだ火は回っていなかったみたい。その後あずささん旦那さんが「リサとジュリのパスポートをとってこい!」とあずささんに言われ、火の中をとりに戻って。なぜか旦那さんのおばあちゃんは、ファミコン?だけ持って逃げていた。

ゲストハウスから密集地帯をみると見事に火の海である。

みたことない消防車が、聞いたこともない爆音で、現場まで駆けつけているものの、人混みが多すぎてなかなか進めないでいた。車にひかれそうになったり、怪我をして足を引きづっている人もいて、大混乱。

当然、その近所に住んでいた支援しているサッカーチームの子どもたちの家も被害にあい、オーダーメイドで発注していた布たちも行方不明に。

 

火事の原因とシエラレオネが抱える多くの課題

朝が来て、髙橋くんと喧嘩していたことは見事に忘れ…

そしてあずささん家は、見事になくなってしまっていた。

前日の夜まで、一緒にリサちゃんとお話ししていた場所。

跡形もなくなっていました。亡くなった方がいなかったことがせめてもの救いです。

 

シエラレオネの首都フリータウンでは2日に一回くらいしか水道が使えなくて(首都なのに)みんな公共の共同水道に行ってポリバケツに水を貯めたりして、それを大事に節約しながら、生活している。12月は乾季でまったく雨が降らないので、私が滞在しているゲストハウスでも、タンクが空になってその日はまだ洗濯ができないでいた。

 

↑洗濯場と共同の水道タンク(乾季はカラカラになる)

おまけに首都フリータウンでは、一日に5回くらい停電するのだけど、その日は丸1日まったく電気がつかなかったもので(首都なのに)密集地帯に住んでいる人たちは、家の中でろうそくの明かりをつけていたようだ。それで、ろうそくの火が倒れて頻繁に停電するのでどの家庭にもジェネレーター(小さい発電機)がおいてあって、オイルに引火したんでは、と言われている。

私も、その場にいた大勢の人たちも、手持ちの電子機器の充電が全部切れていたので、連絡ができないでいて人混みになったんではとさらに推測。

もしインフラが整っていたら、水もあって、電気もあったら。そもそも人々がトタン屋根ではなくて、コンクリートの住宅に住んでいたら、そして火事で全財産を失った人たちが、文字が読めて教育されていて、銀行口座をもっていたら。

 

 

 

シエラレオネの課題が、見事に浮き彫りになった瞬間だった。

 

 

ちなみに一週間活動は中止。オーダーしていたオーダーメイドの布たちは煤だらけになって出てきました。

何もできなくて、進むどころか、後退してしまい、一番つらかった時期でした。

 

私が勘違いしていたシエラレオネの人々の美しいところ

火事になった次の日、被災地は全国放送され、ユニセフや他援助団体がたくさん入って、物資の支援が始まっていた。密集地帯のすぐ目の前は幸いにも、世界的にも有名な孤児やストリートチルドレンの支援をするドンボスコがあったので、家を失った人たちは一時的にはそこに避難し、あとは親戚にお世話になったりしたようだけど、1年たった今でも、ユニセフのテントで暮らす人々はたくさんいる。

 

火事の次の日、シエラレオネで働く多くの知り合いの日本人から連絡があり

 

「もうそのエリアには近づかないほうがいい」

 

と連絡をもらった。すべてを失った人たちが日本人の私たちを何か危険な目に合わせるかもしれないし、寄ってたかって支援を求められるかもしれない。

 

 

 

 

次の日、焼け跡に行ってみると、きゅーりのおばちゃんたちは、私を呼び止めて笑いかけた。

 

「ゆめ~。みた?あそこ、なーーーーんにもなくなっちゃたわよ!笑」

ほほに涙の筋が残っているおばちゃんたち。みんなで集まって、力強く立ち上がろうとしていた。もう笑うしかないという感じなんだろうけど、何か得体のしれない力強さを感じた。

 

 

あずささんのお子さんのリサちゃんは、なぜか新しい服を着ていた。

近所の人たちがくれたみたい。

おばあちゃんも新しいワンピースをきてた。

ご飯は、近所のどこにいっても、どこでも食べられるみたいだった。

 

 

これからどれだけ大変なのかって、私には想像できなかったけど。

 

 

 

火事の被害にあっていない近所の人たちが、自分たちも貧しい中、もっているものを、家を失った人たちに分け与えていた。みんなで助け合って生きていた。

 

 

これが、日本で、もし自分の家が焼けたら、たぶん近所の人たちは何もくれたりはしないよね。

 

 

 

きゅうりを売って生活しているおばちゃんで、特に仲良くしている2人に、5万リオンづつ個人的にお見舞いを渡した。アラジの活動とは関係なく、私は、ただ私がやりたかったから、私の友達だと思って、お見舞いをした。髙橋くんは「なんでその二人だけにするの?」って、思ってたみたいだけど、後に、誰かにそれが広まって、私の前にひとだかりができるとか、そんなことはなかった。

 

 

私には、国際協力はできない

2度目の渡航でこれといった成果をあげられなかった私たちは、のちに↓

「彼とお別れしてみました。3月7日3周年!アラジとシエラレオネを知ってくれたすべての人へ。」

まぁこうなるわけなんだけど。笑!!!!!

 

この、何もできなかった経験もあって、そして髙橋くんが連れて行ってくれた、モロッコの青い街・シャウエンにヒントを得たこともあり、今の私の夢は、シエラレオネで3つの支援活動をしながらも、青い街を創る!ということが、私の人生の最大の目標になった。

 

 

火事の経験は私に3つのことを教えてくれた

  1. 持てる人が困っている人に分け与えることの美しさ
  2. 私は「国際協力」がしたいんじゃなくて、好きなことで好きな人のために何かやりたいだけだということ
  3. 青い街があれば、私が好きなことで、「国際協力」できるということ

 

燃える火のように困難な道でも、誰もに生まれた意味があって、仲間が後押ししてくれたら、自分が持てる以上の力を人はいつも発揮できること。そうやって、この国に私もやってきたんだな~って。それから2017年の5月は、新たに2人の仲間を連れて、シエラレオネに渡航し、あっという間に青い街計画は走り出し、オーダーメイド事業では渡航費を賄えるくらいの売上を出せた。(※ちなみに青い街に関しては走り出しの計画で全住民とのヒアリングができていないので、プロジェクトにはまだなっておりません。あくまで私の個人的な夢です。)

 

ちなみに、本文に何度も登場した、シエラレオネに5年も住んでいて、本がいつでも出せるくらいの、ものすごい経験をしているあずささんと一緒に、今年は「シエラレオネ災害支援募金」を集め、今も一緒に活動させていただいております。(ちなみにシエラレオネの洪水被害の募金はまだ集めています!)お世話になりまくっているのですが、なんというか優しさとか愛とかそいういうものをすべてひっくるめて、「人間力」のある人で、尊敬している人の一人です。

彼女が立ち上げたサッカーチーム「F.C king Kong」の活動を、アラジも応援しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(さいごに)代表のまじめな話。

2016年からはじまったNPO法人アラジのオーダーメイドアフリカンドレス事業では、シエラレオネの布を使った洋服や雑貨つくりを、10人のテイラーの組合をつくり就労支援として、日本で販売するという取り組みを行っています。

今回火事で被害にあい家を失った女性たちに、アフリカ布を使った「お守り作り」で収入支援をしています。進捗やお守りの購入については、HPを随時チェックしてください。

五円玉のお守りを10個つくると10,000Le=(約200円)が火事で家を失った女性たちの収入に。火事で家を失ったファティマは1か月に、50個のお守りをつくり、1か月家族を養う収入を手に入れることができました。試験的な取り組みのため現在注文自体がストップしていますが、今後はお守り自体の改良と、定期的にオーダー・納品する仕組み化に向け取り組んでいます。

オーダーメイド就労支援事業

下里夢美

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アフリカ旅第1章☟

西アフリカ女一人旅

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下里 夢美
月間10万PVブログ「みためはコドモ・ずのうはオヤジ」管理人。NPO法人Alazi Dream Project:代表理事長・ファンドレイザー/アフリカ女子部:部長/女性のためのインタビューサイト「キアラ」:編集長/夢持つ人がもっと輝くために、誰もが誰かの夢を応援できる社会の実現をめざし、夢追い人に登壇機会を提供・イベント収益の一部を「世界で最も命の短い国:シエラレオネ共和国」での就労支援に役立てることを目指し2014年3月7日より活動◎※インタビューのご依頼はFacebookにて!